道を聞かれるのは幸せなこと

ヨガライフ

こんにちは☺️

今日はレッスン終わりに歩いていたら、おばあちゃまに「このあたりにドコモショップありますか?」と聞かれました。わたしはソフトバンクユーザーで分からなかったので、スマホで調べて道案内しましたが、

道を尋ねられることが結構よくあります。

歩くのが遅い方なので、そのせいだろうとしか思ってなかったのですが

ゲッターズ飯田さんがThreadsで

『道を尋ねられる人 は人柄がいい。道を尋ねられるような生き方をしている人は、幸せなこと』と書いていたんです✨

これを見てから 道を尋ねられるだけで嬉しい気持ちになって、もちろんお礼を言っていただけることが

ほとんどだけど、こちらこそありがとうございます💓という気分です😊単純かな💦

でも自分が人に道を尋ねるとしたら、殺伐とした雰囲気の人や せかせかしてる人には話しかけにくい。やっぱり余裕のありそうな雰囲気の人や 感じが良さそうな人を

瞬時に判断して話しかけていると思います。まぁこの頃はなんでもスマホで調べられますから、知らない人に聞くこともほとんどありませんが。

とにもかくにも、ヨガで気を整えていることが  道を尋ねやすい柔らかなオーラとして表れているなら嬉しい限りです🥰

ブログ内で何度もご紹介している『インテグラル・ヨーガ』本の中に、こんな一節があります。

◤自然のすべてー木々も鳥も動物たちも、すべてがほかのもののために生きている。なぜろうそくは燃えて溶けていくのか? 光を与えるためである。なぜ香は燃えて灰になるのか?

 香りを与えるためである。なぜ樹木は伸びるのか? 果実と花を与えるためである。。。

およそこの世界に、生物・無生物を問わず、自分だけのために生きているものなどあるだろうか?

ない。

自然のすべてが犠牲だというのに、ひとり人間だけが利己的な生をおくってよいものだろうか?

われわれは、与え、与え、かつ与えるために、ここに在る。

与えるためには、受けとってくれる方がいる。

受け取っていただけるような自分で在るか?

これからも自分に問いかけていこうと思います。






相模原市のヨガ教室 『with KULAM』 HP

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